エセ関西店?

不思議なもんだなあって思う。
俺のエセ関西弁が、今日久方ぶりに再発した。
ここ最近はエセ関西弁を人前で発することなどそうはなかったのだが、珍しいこともあるものだ。
「エセ」というのにはもちろんわけがある。
俺は生まれてこの方、関西などに住んだことはない。
確かに親父は西の出身だ。四国は高松の生まれ。
でも、俺は幼いときから標準語で育った。
大学までは東京で方言など縁のない生活をしていたはずである。


大学を卒業し、前の会社に在籍中、せっせと転職活動をしていたときに、十三にある某予備校さんを訪ねたことがある。
「大阪」と呼んで然るべき場所に滞在したのは、このときが初めてだった。
夜、一人で梅田の食道街で飲む。見知らぬオヤジと話す。
翌日は、藤田まことのような予備校の経営者と、お好みを食う。話す。おもろい。
そして山形に帰ったのだが……こいつが抜けない。
自ずと授業が関西弁になり、生徒は大爆笑。
それでいて、そんな訛ってしまう俺を、自分で恥ずかしいと思わない。
それだけ、温かくって、親しみやすい言葉。関西弁。


阪神ファン。ここ数年は年に2・3回は甲子園に通っていたこともあって、球場などでは確かにエセ関西弁を連発していたのも事実。
しかし、最近はこの見様見真似のエセ関西弁もすっかりナリを潜めていたのだが……


「お客さん、関西の人でしょ?」
人気のないカウンター。動物園通りを入ったところにある串揚げ・串焼き屋。
店の親父にそう尋ねられた俺は、正直にビックリした。
「いや、生まれは東京。その後、山形だの静岡だのを転々としましたけど、関西に住んだことはないんですが」
カウンターの親父が不思議そうな顔をする。
いや、と思い返す。確かに、不思議なことにこの店に入ってから、俺、なぜかエセ関西弁のトーンになっているような気がする。
聞けば親父、家は阪神電車で2つのところだという。
「野田ですやん」と俺がいえば、これまた不思議そうな顔をする。
その親父の話をさらに聞けば、リストラで会社を首になり、家族全員を残して横浜に出てきたそうな。
1年前にこの店を始めたのだそうなのだが……店は泣かず飛ばず。なるほど、今日も俺しか客はいない。
食い物はまともである。焼き鳥は、思った以上にタネがしっかりしていて、しまっている。うまい。
串揚げを頼めば、なかなか上手かつ独特な揚げかたである。
「二度づけは禁止ですから」
ジャン横好きの関西ファンにとっては、懐かしい響き。
そうそう、このちょっと薄い加減のソースがいい。


この店、客席の作りは関西なのだ。
席が満席になったら、それこそ大阪駅の地下とか、梅田の食道街とか、そんな感じなのだが……
それが、関東に遠慮しちゃったのか、そうなりきれていないもどかしさがある。中途半端。
「二度づけ禁止」やったら、向こうみたいに壁に貼り紙で「二度づけ禁止」と書いたらええがな。
注しのソースなんて置かんでええやん。いらんよ。
串揚げなんかも、嘆きが出るほど売りたいんやったら工夫してメニューに書いたらええがな。
それこそ「串揚げフルメニュー」いうような感じで書いて値段つけといて、メニューの串揚げ全種類の値段足したら、なんや同じ値段やんか!みたいな。
ほんで入り口の雰囲気が地味すぎやわ。もっとコテコテにやったら、ウケるのに。


卑屈な親父。弱気な発言が続く。
「競馬客あてにして店を始めたけど、横浜も野毛って言ったらおしまい」のようなことを口にするのだが、本当にそうか?
それは、むしろ関東人にしたら、野毛の住人にしたら、たとえ寂れてきたにせよ、1年くらいで関東を勝手に判断するなって言いたいんじゃないか?
余計なところで阿らなくたっていいじゃんか。だったら正々堂々、「うちら関西を売りにきたで」で勝負すりゃいいのに……飲み屋街って、そういうもんだろ?
俺みたいなこの街のド素人に、こんなこと思われるなよ。


と言いたくなるのも、悪い店じゃないと思うからなんだよな。
ただそこに、何ともいえん浅ましさとか、料理以外の部分で楽して儲けようっていう感覚が垣間見えちゃうから、あかん。
何とも厚化粧できてない。
メニュー充実させようよ。老舗じゃないんだから酒の種類もさ、少しは増やそうよ。
それともなきゃ、「うちはこれ」って自信持って出そうや。
「客は勝手に来る」じゃなくて、「こいつはうまいぜ」ってもの、少しは見せようよ。
味が悪くないんだから。もったいないよ。
関東の飲み屋街ってさ、残念ながらもはや関西の飲み屋街の流儀じゃないんだから。
寂しいけど、ここでやるなら売り方考えなきゃいかんのよ。
そりゃ、売り方ばっかりな飲み屋街なんて、俺はイヤだけど。
あと、店が寒いの、何とかしてや。ケチくさいなあ。さむっ!
そんなことを思いながら、この店の雰囲気にどこか気を許してる、この店にツッコミを入れたくなってしかたがない俺がいる。


でも、「今日は全然客が来ない」とボヤいていた割には、実は俺が店に入ってから、この店にめでたく5名の客が寄り付いたのであった。
よかったね、商売あがったりにならんで。
「こんな店ですが、気が向いたらまた寄ってください」
最後まで卑屈だった、会社にリストラされた店の親父。


しかしまあ、関西的な雰囲気って言うのは、なんとなくわかってしまうもんだ。
久方ぶりの関西気取り。そんな、関東人の、俺。